話を聞いている内に日も暮れてきたため、タミルさんのところへは明日向かうことにして、今晩は宿屋『夜の調べ』で休むことにした。
「いらっしゃいませ。あら?あなたはアキツグさん?」
「リリアさん、お久しぶりです。2部屋開いてますか?」 「えぇ、空いてますよ。お連れさんがいらっしゃるんですね」 「はい。またお世話になります」 「カサネです。よろしくお願いします」 「ご丁寧にどうも。私はこの宿屋の亭主でリリアです。こちらこそよろしくお願いしますね」カサネさんの挨拶に丁寧に返しながら、リリアさんはちらっとこちらを見たが、特に何か言うこともなく部屋に案内された。やっぱり誤解されている?ある意味はっきり聞かれたほうが否定できて楽かもしれなかった。
部屋に荷物を置き、夕食を頂くことにした。「明日はタミルさんに会いに行くんですよね?」
「そうだな。折角ここまで来たんだし、何もせずに諦めるっていうのもな」俺もカサネさんも難しい顔をしていた。あんな話を聞いた後では無理もないだろう。
と、そこでリリアさんが壇上に上がり歌い始めた。「綺麗な歌声ですね」
「あぁ、久しぶりに聞くけどやっぱり彼女の歌声は癒されるな」先ほどまでの雰囲気が嘘のように穏やかな気持ちで彼女の歌に聞き惚れていた。
食事を終えて部屋に戻るとロシェが部屋で丸くなって休んでいた。「ロシェおかえり。今日は悪かったな」
『ただいま。というか、この状況でお帰りは私のセリフの様な気がするけど』 「ははっ。そうかもな。ただいま」 『それで、会いに行った兄妹はどうだったの?』 「あぁ、すっかり元気になっていたよ。コウタの方も働き口を見つけたみたいでな・・・」と、ロシェに今日あったことを話した。
『良かったじゃない。これで一つアキツグの心配の種も減ったわけね』
「そうだな。あの様子ならあの子たちは大丈夫だろう。俺なんかよりずっとしっかりしてるしな」実際あの歳なら遊びたい盛りだろうに、親もなく二人で生活している
次の日、コウタから聞いていたクロックド商店のクレル茶葉を購入してから、ロシェの案内で南の森の小屋に向かった。『あそこよ。気配はあるから家の中にいるようね』 「そうか。ありがとう」ロシェに礼を言って、扉をノックしてみる。 扉の中からは少しの間反応がなかったが、その後確認するかのように扉が開かれた。「誰だ?こんな森の中に態々知らない人間が来るなんて」出てきたのは20代くらいの青年だった。この人がタミルさんか。「初めまして。俺は商人のアキツグです」 「私はカサネです」 「タミルだ。やはりどっちも聞いたことないな。何の用だ?」タミルさんは訝しげに聞いてくる。 俺はミアから渡された封筒をタミルさんに差し出しながら答える。「ミアからの紹介で、少しお話をさせて頂きたくて伺いました」 「ミア?・・・これは!?ミアってまさかエルミア様のことか!?」俺は敢えて正式名称で呼ばないようにしたのだが、タミルさんは手紙を見るや驚いて大声で聞いてきた。そのあと自分の声に気づいて慌てて口を閉じる。「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが、そうです。ミアとはとある事件で知り合って、今は大事な友人です」 「この国の王女を友人って・・・あんた変わってるな。まぁだからこそエルミア様がこんな手紙を渡したんだろうが。分かった。とりあえず話は聞こう」そう言って、タミルさんは俺達を中へ招いてくれた。 招き入れる時、ロシェを見て少し表情を緩ませたように見えた。 そして、調理場と思われるところでポッドでお湯を沸かし始めた。「あ、これ。良ければ使ってください。」ちょうど良いタイミングだったので、俺は手土産に持ってきた茶葉を差し出した。「あぁ、悪いな。ん?これは、あの店のクレル茶葉じゃないか。良いセンスしてるな。それとも態々俺の好みでも誰かから聞いたのか?」 「えぇ、偶々知り合いから」 「へぇ。まぁ隠してるわけでもないし、別にいいけどな」先ほどより少し機嫌がよ
タミルさんとの交渉が失敗に終わり、俺達は一旦街まで戻ってきた。 宿屋の食堂で昼食を取りながらこの後どうするかを考える。「ミアには報告の手紙でも出すとして、このあとどうしようか?」 「う~ん。私も冒険者ギルドで依頼を受けながら何となく旅をしていた感じなので特に目的地っていうものはないんですよね」カサネさんが少し困った様子でそう答える。 俺も同じようなものなんだよな。そういうほどこの世界に来て年月は経ってないが。 俺はミアから貰った大陸地図を広げながら、近場の村の一つを指さす。「そうだな。近場だとハイン村があって、大きな牧場をやっているらしい。ホワイトブルやフラワーシープって動物の牧畜をやってて、その肉やミルクと体毛が特産品みたいだな。肉は一度食べたことがあるけど、本当に美味しかったぞ。体毛は貴族のドレスなどの材料になるらしいな」 「牧場ですか。あまり見る機会はないので、行ってみるのも良さそうですね」次に大陸の北と南にある街を指した。「このマグザとパーセルにはどちらも魔法学園があるらしい。魔法のことを調べるならこのどちらかに行ってみるのも良いかもな。魔法嫌いな人間は居なさそうだけど」 「魔法学園ですか。どんなことを教えてるのか気になりますね。私は殆ど独学でしたから」やはり魔法が好きなのだろう。その表情は生き生きしていた。 スキルがあるとはいえ、前の世界にはなかった魔法という存在を独学でここまで使いこなしている彼女はやっぱり才能があるのだろう。「急ぐたびでもないし、両方行ってみても良いかもな。俺も魔法には興味が出てきたし」 「使えるようになると良いんですけどね。なんだかすみません。。」 「いやいや謝らないでくれ。望まない人から無理に貰うつもりはないから」と、そんな話をしているところでリリアさんが一通の手紙を持ってきた。「アキツグさん、これ先ほど宿の外であなたに渡して欲しいと頼まれまして。中に居ますよって言ったんですが、急いでいるからと」 「手紙?誰からだろう?あ、ありがとうございます」 「いえい
「やめろーーー!!」言葉と同時、指向性だけを持たされた魔力の塊が黒ずくめの男に放たれた。「なっ?」また先ほどと同じような膜のようなものが男を守ろうとしていたが、タミルの魔力に耐えきれずにバリン!と割れる音を残して男を吹き飛ばした。「ぐっ!こ、こいつ魔導士だったのか。そんな素振りは全くなかったぞ」予想外のところから攻撃を受けた男は受け身も取れずに壁に叩きつけられていた。 よろよろと立ち上がろうとしている今なら俺でも取り押さえられるかもしれない。 俺は咄嗟に駆け出して男の両腕を押さえつけようとしたが、それに気づいた男が腕を振り回して俺の拘束から逃れた。「ちっ!不意を突かれたとはいえただの素人にやられたりはせん。それより逆らっていいのか?これ以上逆らえば、タミルだけでなくこのハイドキャットの命もないぞ」 「ぐっ!くそっ」やはり俺ではこういう時に何の役にも立たない。男はタミルの魔法を警戒して俺たち二人から視線を逸らさないままタミルに猿轡を噛ませようとしていた。「フリーズランス!」そこに突如第三者の声が乱入してきた。飛来した氷の槍は寸分違わず黒ずくめの男の右肩に突き刺さった。男はそのまま勢いに押され、タミルさんを放して地面に倒れこんだ。「ぐぁ!ま、また魔法だと、何なんだいったい」男はそれでも右肩を抑え立ち上がろうとしていたが、近づいてきた女が次の魔法を放つ方が早かった。「フリーズロック」床を這う氷の蔦が男の足に絡みつきそのまま男の下半身を氷漬けにする。「し、しまった!くっ、お前はもう一人の魔導士のほうか。俺に気づかれない様にあとから近づいてきたという訳か」男の言う通り、そこには魔法を放った張本人のカサネさんが立っていた。「アキツグさんとりあえず、その男を拘束してください」 「え?あ、あぁ分かった」展開に付いて行けず、とりあえず言われた通りに俺は男に近づこうとした。「失敗か。無念。ぐっ!」それに対して男は何かをかみ砕いたかと思
その後、街の医者に診て貰うことでロシェは一命を取り留めた。 やはりあの男が持っていた薬瓶の一つが解毒剤だったらしい。 毒を受けて時間がそれほど経っていなかったのもあり、1日休めば良くなるだろうと聞いて俺は胸をなでおろした。「よかった。本当に良かった」 『助けに入ったつもりが、助けられた上に心配かけちゃったわね。ごめんなさい』 「ロシェが謝ることなんて何もない。それにロシェが時間を稼いでくれなかったらカサネさんも間に合わなかったかもしれない」 『そう言って貰えたら助けに入った意味もあったわね。アキツグが森の方へ来るのに気づいたから何かと思って様子を見に近づいたのだけど、あんなことになってるなんてね』あの時、ロシェがあの場に居たのはそういうことだったのか。 突然のことで俺は言う通りに行動することしかできなかったがロシェとカサネさんがカバーしてくれたおかげで助かったわけだ。「あぁ、俺も宿の食堂で昼食を取っていたらいきなり手紙が届けられてな。何かと思ったら脅迫状であんなことになったんだ。あの時の生き残りが俺を狙うなんて思わなかったよ」 『どこで誰に恨まれるかなんて分からないものね。今回は原因があったわけだから、筋違いってわけではないけれど』そこまで話していたら、部屋の扉がばん!と音を立てて開かれた。 驚いて振り返ると、そこには走ってきたのか息を切らせてこちらを見るカサネさんが居た。「ロシェッテさん、大丈夫ですか!?」 「あ、あぁ時間が経ってなかったから明日にはよくなるって。やっぱりあいつが解毒剤を持っていたよ」 「そ、そうですか。よかったぁ」ほっとしたのか、カサネさんはその場で大きく深呼吸をしている。『カサネ、助けてくれて、そして今も心配してくれてありがとう。あなたが居なかったら危なかったわ』 「仲間を助けるのは当然のことです。ロシェッテさんが無事で本当に良かったです。こちらに来るまで気が気じゃなかったですから」落ち着いたのかカサネさんはロシェの隣まで来ると彼女の体を優しく撫でた。 ロシェも撫でられて
「取り合えず入ってくれ。お茶くらいはごちそうするよ」そう言って昨日と同じクレル茶葉のお茶を入れてくれた。 お茶を入れてから、タミルさんは少し何かを躊躇うように考えているようだった。 気にはなったがいつまでも黙っているわけにもいかないので、俺はまず昨日の礼を言うことにした。「あの、昨日はロシェを助けてくれてありがとうございました。タミルさんがあの時にあいつの気を逸らしてくれなければどうなっていたか」 「あ、あぁ。気にしないでくれ。それに俺も救われた気分なんだ。今度は助けられたって」 「助けられた?」俺が聞くとタミルさんは昔を懐かしむような顔で話を続けた。「あぁ。聞いてるかもしれないが、俺も小さい頃は町で暮らしていてな。その時飼っていた犬が居たんだ。コルンって名前でな。わんぱくな子犬だった。 あの日、俺が庭で魔法の練習をしていた時にいつもと違う感覚がして、気が付くと詠唱していた魔法が暴発してしまった。運の悪いことに魔法の着弾点に立てかけられていた木材とコルンが居て、コルンは木材の下敷きになってしまった。俺は慌てて助け出したんだが、その時にはもう手遅れだったんだ。。 それ以来、俺は自分の魔法を信じられなくなった。それで父親から習っていた狩猟の方を本格的に勉強して狩人として森で暮らすようになったんだ」そこまで語ってから、タミルさんはロシェの方をしばらく見て、「あの時、毒を浴びて苦しそうに倒れるその子が俺にはあの時のコルンに重なって見えた。あの男がロシェに近づこうとしたのを見て気づいたら魔法を放っていたんだ」なるほど。あれだけ魔法の使用に拒否反応を示していたタミルさんがあの時魔法を使ったのはそういう理由だったのか。「あのあと俺は長らく使ってなかった魔法の反動で意識が少しぼんやりしていたが、あんたがその子を抱えて出ていくのを見て、その子を大切に思っているんだなってことが分かった」 「あ、あぁロシェは大切な仲間で友達だからな」俺は少し照れながらもタミルさんの真剣さに向き合って正直に答えた。「友達・・・か。そうか。よし、決めた。この前は
ロンデールの街に戻ってくると時刻は夜になっていた。「こんな展開になるとは思わなかったな。ミアには感謝しないと」 「交渉失敗の手紙を出す前で良かったですね」 「まったくだ。とはいえ、あんなのに襲われたことを喜ぶ気にはなれないけど」 「それはそうですね」 『ほんとよ。私は情けないところ見せちゃったもの』などと、この二日間の出来事を振り返りながら宿に戻ってきた。「おかえりなさい。今日は良いことがあったみたいですね」宿の扉を開けるとリリアさんが出迎えてくれた。 昨日ロシェのことで気落ちしていた時も励ましてくれたし本当に優しい人だ。「えぇ。ちょっと内容は言えないんですが、色々と良い方向に転びまして」 「あら、そう言われると気になっちゃいますね。ふふふっ」そう言いつつも深く聞く気はないようだ。そのまま厨房に戻り夕食を用意してくれた。俺達は美味しい夕食を頂いてその日は眠りについた。 翌日、俺達は朝食を取ってからリリアさんに街を出ることを告げ、ハイン村へ向かうことにした。「牧場か~どんな感じなのか楽しみですね~」 「エストリネア大陸の方では牧場を見たことなかったのか?」 「えぇ。私はクエストが多い街付近にいることが多かったですから。牧場自体はあちらの大陸にもありましたけどね」 『・・・来たわよ』不意に休んでいたロシェが声を掛けてきた。 少しして、右側の茂みからガサガサと物音がすると3つの影が飛び出してきた。「ゴブリンですね。アキツグさん出番ですよ」 「あ、あぁ。やってみる」まだ馬車までは距離がある。俺は慎重に呪文を詠唱する。「ライトニング」直後、落雷が左端のゴブリンの右腕を焼き貫いた。「グギィャ!」 「おぉ、当たった!」 『直撃とは言い難いけど、命中率は上がってるわね』 「ほら、アキツグさん。油断せずに次です。次!」ゴブリン達は突然の落雷に怯み、戸惑っていた。 俺は言
ハイン村での取引も問題なく終えられたため、俺達は次の目的地であるマグザの街へ向かっていた。「この辺は結構高い山が多いんだな」 「山岳地帯ですね。ハイン村で聞いたんですが、この辺の山にはハーピィの巣が結構あるらしいです」 「ハーピィ?」聞いたことのない言葉に俺が質問を返すと、ロシェが説明してくれた。『半人半鳥の魔物よ。翼で空を飛ぶことができて、上空から襲い掛かってきたり、魅了の歌で男を虜にしたりするわ』 「え?!それって大丈夫なのか?」 「今は二人も魔導士が居ますし、仮に魅了の歌を使われても私には効かないので大丈夫ですよ」 「二人、二人かぁ。まだちょっと自信はないな」 「ふふっ、少しずつ精度も良くなってますし、ハーピィに対して雷の魔法は相性が良いはずですから。期待してますね」カサネさんが楽しそうに笑う。ここ数日彼女には色々と魔法の指導をして貰っていたのだ。期待に応えられるように頑張らないとな。『あら、噂をしたらというやつかしら。早速来たみたいよ?』ロシェの声に視線の先を見てみると、翼を広げた女性のようなシルエットが二体、上空からこちらに向かってきていた。「アキツグさん、私が動きを止めますからそこにライトニングを」 「分かった」カサネさんの指示に従って呪文を唱え、タイミングを待つ。「エア・バインド」彼女が呪文を発動するとハーピィの1体が見えない鎖に縛られたように動きを止めた。それを確認してから、俺は狙いを定めて魔法を発動させた。「ライトニング」落雷はハーピィの片翼の付け根辺りに当たっていた。今回も微妙に狙いからずれてしまったが、バランスを崩したハーピィはそのまま落下した。 もう一方のハーピィはこちらに向かってきていたが、相方が雷に撃たれたのを見ると慌てて山の方に逃げて行った。「片方は逃げましたか。直ぐに逃走を選択するなんて意外と知能は高いんですかね?」 「どうだろう?本能的に危険を察知しただけかもしれないしな」そう言ってから、落ちたほうのハーピィの方に呪文
攻撃されないことに気づいたハーピィが、少し落ち着きを取り戻したところで、俺はまず言葉が通じるかを確認することにした。「あんた、こっちの言葉は分かるか?」『・・・分かる。荷物奪おうとしてごめんなさい。殺さないで』 「荷物?俺達を狙ってたわけじゃないのか?」 「あの村からくる人達よく良い匂いさせてる。でも、人いっぱいだから諦めてた。あなた達少ないから奪えるかと思った」人がいっぱいというのは恐らく護衛のことだろう。俺達はロシェを入れても三人だし、日持ちする食材を荷台に積んでいた。狙うにはうってつけだったわけだ。「君達の種族はよくこんなことをしているのか?」 『そ、その・・・偶に。で、でももう二度としない。人間がこんなに怖いの知らなかった。約束する。だから助けて』う~ん。これはその場しのぎの様な気もする。怖くなさそうな人間だったら同じことをするんじゃないだろうか?とはいえ、言葉が通じてしまった以上命乞いしている相手を殺すっていうのもちょっとなぁ。。「人間達を襲わなくなったら君達が食糧に困るんじゃないのか?」 『楽じゃないけど、向こうの森には動物沢山いる。私達狩り得意だから大丈夫』 「そうか。なら口先だけじゃなく、本当に人間を襲うのは止めたほうが良い。こんなことを続けていたら、君達を狩る依頼が出されて君達を全滅させに来るぞ」俺の言葉にハーピィはまた恐怖で震えだした。『口先違う。本当に本当。二度と人間襲わない。誓う』 「そうか。仲間達にも人間達を襲わないよう約束させられるか?」 『たぶん、ううん。約束させる。ヒエラも見てたから二人で話せば信じてくれるはず』ヒエラというのはさっき逃げた相方のことだろう。彼女にどれだけの発言力があるかは分からないが、俺にできるのはこれぐらいか。「分かった。それなら今回は助けよう。その怪我も手当てしないとな」 『ほんと?本当に助けてくれるの?』 「あぁ」そう言って俺は傷口を見て効きそうな薬を塗って包帯を巻いた。 薬を塗った時は「痛い!痛い!」と騒いでいたが、少しすると痛み止
攻撃されないことに気づいたハーピィが、少し落ち着きを取り戻したところで、俺はまず言葉が通じるかを確認することにした。「あんた、こっちの言葉は分かるか?」『・・・分かる。荷物奪おうとしてごめんなさい。殺さないで』 「荷物?俺達を狙ってたわけじゃないのか?」 「あの村からくる人達よく良い匂いさせてる。でも、人いっぱいだから諦めてた。あなた達少ないから奪えるかと思った」人がいっぱいというのは恐らく護衛のことだろう。俺達はロシェを入れても三人だし、日持ちする食材を荷台に積んでいた。狙うにはうってつけだったわけだ。「君達の種族はよくこんなことをしているのか?」 『そ、その・・・偶に。で、でももう二度としない。人間がこんなに怖いの知らなかった。約束する。だから助けて』う~ん。これはその場しのぎの様な気もする。怖くなさそうな人間だったら同じことをするんじゃないだろうか?とはいえ、言葉が通じてしまった以上命乞いしている相手を殺すっていうのもちょっとなぁ。。「人間達を襲わなくなったら君達が食糧に困るんじゃないのか?」 『楽じゃないけど、向こうの森には動物沢山いる。私達狩り得意だから大丈夫』 「そうか。なら口先だけじゃなく、本当に人間を襲うのは止めたほうが良い。こんなことを続けていたら、君達を狩る依頼が出されて君達を全滅させに来るぞ」俺の言葉にハーピィはまた恐怖で震えだした。『口先違う。本当に本当。二度と人間襲わない。誓う』 「そうか。仲間達にも人間達を襲わないよう約束させられるか?」 『たぶん、ううん。約束させる。ヒエラも見てたから二人で話せば信じてくれるはず』ヒエラというのはさっき逃げた相方のことだろう。彼女にどれだけの発言力があるかは分からないが、俺にできるのはこれぐらいか。「分かった。それなら今回は助けよう。その怪我も手当てしないとな」 『ほんと?本当に助けてくれるの?』 「あぁ」そう言って俺は傷口を見て効きそうな薬を塗って包帯を巻いた。 薬を塗った時は「痛い!痛い!」と騒いでいたが、少しすると痛み止
ハイン村での取引も問題なく終えられたため、俺達は次の目的地であるマグザの街へ向かっていた。「この辺は結構高い山が多いんだな」 「山岳地帯ですね。ハイン村で聞いたんですが、この辺の山にはハーピィの巣が結構あるらしいです」 「ハーピィ?」聞いたことのない言葉に俺が質問を返すと、ロシェが説明してくれた。『半人半鳥の魔物よ。翼で空を飛ぶことができて、上空から襲い掛かってきたり、魅了の歌で男を虜にしたりするわ』 「え?!それって大丈夫なのか?」 「今は二人も魔導士が居ますし、仮に魅了の歌を使われても私には効かないので大丈夫ですよ」 「二人、二人かぁ。まだちょっと自信はないな」 「ふふっ、少しずつ精度も良くなってますし、ハーピィに対して雷の魔法は相性が良いはずですから。期待してますね」カサネさんが楽しそうに笑う。ここ数日彼女には色々と魔法の指導をして貰っていたのだ。期待に応えられるように頑張らないとな。『あら、噂をしたらというやつかしら。早速来たみたいよ?』ロシェの声に視線の先を見てみると、翼を広げた女性のようなシルエットが二体、上空からこちらに向かってきていた。「アキツグさん、私が動きを止めますからそこにライトニングを」 「分かった」カサネさんの指示に従って呪文を唱え、タイミングを待つ。「エア・バインド」彼女が呪文を発動するとハーピィの1体が見えない鎖に縛られたように動きを止めた。それを確認してから、俺は狙いを定めて魔法を発動させた。「ライトニング」落雷はハーピィの片翼の付け根辺りに当たっていた。今回も微妙に狙いからずれてしまったが、バランスを崩したハーピィはそのまま落下した。 もう一方のハーピィはこちらに向かってきていたが、相方が雷に撃たれたのを見ると慌てて山の方に逃げて行った。「片方は逃げましたか。直ぐに逃走を選択するなんて意外と知能は高いんですかね?」 「どうだろう?本能的に危険を察知しただけかもしれないしな」そう言ってから、落ちたほうのハーピィの方に呪文
ロンデールの街に戻ってくると時刻は夜になっていた。「こんな展開になるとは思わなかったな。ミアには感謝しないと」 「交渉失敗の手紙を出す前で良かったですね」 「まったくだ。とはいえ、あんなのに襲われたことを喜ぶ気にはなれないけど」 「それはそうですね」 『ほんとよ。私は情けないところ見せちゃったもの』などと、この二日間の出来事を振り返りながら宿に戻ってきた。「おかえりなさい。今日は良いことがあったみたいですね」宿の扉を開けるとリリアさんが出迎えてくれた。 昨日ロシェのことで気落ちしていた時も励ましてくれたし本当に優しい人だ。「えぇ。ちょっと内容は言えないんですが、色々と良い方向に転びまして」 「あら、そう言われると気になっちゃいますね。ふふふっ」そう言いつつも深く聞く気はないようだ。そのまま厨房に戻り夕食を用意してくれた。俺達は美味しい夕食を頂いてその日は眠りについた。 翌日、俺達は朝食を取ってからリリアさんに街を出ることを告げ、ハイン村へ向かうことにした。「牧場か~どんな感じなのか楽しみですね~」 「エストリネア大陸の方では牧場を見たことなかったのか?」 「えぇ。私はクエストが多い街付近にいることが多かったですから。牧場自体はあちらの大陸にもありましたけどね」 『・・・来たわよ』不意に休んでいたロシェが声を掛けてきた。 少しして、右側の茂みからガサガサと物音がすると3つの影が飛び出してきた。「ゴブリンですね。アキツグさん出番ですよ」 「あ、あぁ。やってみる」まだ馬車までは距離がある。俺は慎重に呪文を詠唱する。「ライトニング」直後、落雷が左端のゴブリンの右腕を焼き貫いた。「グギィャ!」 「おぉ、当たった!」 『直撃とは言い難いけど、命中率は上がってるわね』 「ほら、アキツグさん。油断せずに次です。次!」ゴブリン達は突然の落雷に怯み、戸惑っていた。 俺は言
「取り合えず入ってくれ。お茶くらいはごちそうするよ」そう言って昨日と同じクレル茶葉のお茶を入れてくれた。 お茶を入れてから、タミルさんは少し何かを躊躇うように考えているようだった。 気にはなったがいつまでも黙っているわけにもいかないので、俺はまず昨日の礼を言うことにした。「あの、昨日はロシェを助けてくれてありがとうございました。タミルさんがあの時にあいつの気を逸らしてくれなければどうなっていたか」 「あ、あぁ。気にしないでくれ。それに俺も救われた気分なんだ。今度は助けられたって」 「助けられた?」俺が聞くとタミルさんは昔を懐かしむような顔で話を続けた。「あぁ。聞いてるかもしれないが、俺も小さい頃は町で暮らしていてな。その時飼っていた犬が居たんだ。コルンって名前でな。わんぱくな子犬だった。 あの日、俺が庭で魔法の練習をしていた時にいつもと違う感覚がして、気が付くと詠唱していた魔法が暴発してしまった。運の悪いことに魔法の着弾点に立てかけられていた木材とコルンが居て、コルンは木材の下敷きになってしまった。俺は慌てて助け出したんだが、その時にはもう手遅れだったんだ。。 それ以来、俺は自分の魔法を信じられなくなった。それで父親から習っていた狩猟の方を本格的に勉強して狩人として森で暮らすようになったんだ」そこまで語ってから、タミルさんはロシェの方をしばらく見て、「あの時、毒を浴びて苦しそうに倒れるその子が俺にはあの時のコルンに重なって見えた。あの男がロシェに近づこうとしたのを見て気づいたら魔法を放っていたんだ」なるほど。あれだけ魔法の使用に拒否反応を示していたタミルさんがあの時魔法を使ったのはそういう理由だったのか。「あのあと俺は長らく使ってなかった魔法の反動で意識が少しぼんやりしていたが、あんたがその子を抱えて出ていくのを見て、その子を大切に思っているんだなってことが分かった」 「あ、あぁロシェは大切な仲間で友達だからな」俺は少し照れながらもタミルさんの真剣さに向き合って正直に答えた。「友達・・・か。そうか。よし、決めた。この前は
その後、街の医者に診て貰うことでロシェは一命を取り留めた。 やはりあの男が持っていた薬瓶の一つが解毒剤だったらしい。 毒を受けて時間がそれほど経っていなかったのもあり、1日休めば良くなるだろうと聞いて俺は胸をなでおろした。「よかった。本当に良かった」 『助けに入ったつもりが、助けられた上に心配かけちゃったわね。ごめんなさい』 「ロシェが謝ることなんて何もない。それにロシェが時間を稼いでくれなかったらカサネさんも間に合わなかったかもしれない」 『そう言って貰えたら助けに入った意味もあったわね。アキツグが森の方へ来るのに気づいたから何かと思って様子を見に近づいたのだけど、あんなことになってるなんてね』あの時、ロシェがあの場に居たのはそういうことだったのか。 突然のことで俺は言う通りに行動することしかできなかったがロシェとカサネさんがカバーしてくれたおかげで助かったわけだ。「あぁ、俺も宿の食堂で昼食を取っていたらいきなり手紙が届けられてな。何かと思ったら脅迫状であんなことになったんだ。あの時の生き残りが俺を狙うなんて思わなかったよ」 『どこで誰に恨まれるかなんて分からないものね。今回は原因があったわけだから、筋違いってわけではないけれど』そこまで話していたら、部屋の扉がばん!と音を立てて開かれた。 驚いて振り返ると、そこには走ってきたのか息を切らせてこちらを見るカサネさんが居た。「ロシェッテさん、大丈夫ですか!?」 「あ、あぁ時間が経ってなかったから明日にはよくなるって。やっぱりあいつが解毒剤を持っていたよ」 「そ、そうですか。よかったぁ」ほっとしたのか、カサネさんはその場で大きく深呼吸をしている。『カサネ、助けてくれて、そして今も心配してくれてありがとう。あなたが居なかったら危なかったわ』 「仲間を助けるのは当然のことです。ロシェッテさんが無事で本当に良かったです。こちらに来るまで気が気じゃなかったですから」落ち着いたのかカサネさんはロシェの隣まで来ると彼女の体を優しく撫でた。 ロシェも撫でられて
「やめろーーー!!」言葉と同時、指向性だけを持たされた魔力の塊が黒ずくめの男に放たれた。「なっ?」また先ほどと同じような膜のようなものが男を守ろうとしていたが、タミルの魔力に耐えきれずにバリン!と割れる音を残して男を吹き飛ばした。「ぐっ!こ、こいつ魔導士だったのか。そんな素振りは全くなかったぞ」予想外のところから攻撃を受けた男は受け身も取れずに壁に叩きつけられていた。 よろよろと立ち上がろうとしている今なら俺でも取り押さえられるかもしれない。 俺は咄嗟に駆け出して男の両腕を押さえつけようとしたが、それに気づいた男が腕を振り回して俺の拘束から逃れた。「ちっ!不意を突かれたとはいえただの素人にやられたりはせん。それより逆らっていいのか?これ以上逆らえば、タミルだけでなくこのハイドキャットの命もないぞ」 「ぐっ!くそっ」やはり俺ではこういう時に何の役にも立たない。男はタミルの魔法を警戒して俺たち二人から視線を逸らさないままタミルに猿轡を噛ませようとしていた。「フリーズランス!」そこに突如第三者の声が乱入してきた。飛来した氷の槍は寸分違わず黒ずくめの男の右肩に突き刺さった。男はそのまま勢いに押され、タミルさんを放して地面に倒れこんだ。「ぐぁ!ま、また魔法だと、何なんだいったい」男はそれでも右肩を抑え立ち上がろうとしていたが、近づいてきた女が次の魔法を放つ方が早かった。「フリーズロック」床を這う氷の蔦が男の足に絡みつきそのまま男の下半身を氷漬けにする。「し、しまった!くっ、お前はもう一人の魔導士のほうか。俺に気づかれない様にあとから近づいてきたという訳か」男の言う通り、そこには魔法を放った張本人のカサネさんが立っていた。「アキツグさんとりあえず、その男を拘束してください」 「え?あ、あぁ分かった」展開に付いて行けず、とりあえず言われた通りに俺は男に近づこうとした。「失敗か。無念。ぐっ!」それに対して男は何かをかみ砕いたかと思
タミルさんとの交渉が失敗に終わり、俺達は一旦街まで戻ってきた。 宿屋の食堂で昼食を取りながらこの後どうするかを考える。「ミアには報告の手紙でも出すとして、このあとどうしようか?」 「う~ん。私も冒険者ギルドで依頼を受けながら何となく旅をしていた感じなので特に目的地っていうものはないんですよね」カサネさんが少し困った様子でそう答える。 俺も同じようなものなんだよな。そういうほどこの世界に来て年月は経ってないが。 俺はミアから貰った大陸地図を広げながら、近場の村の一つを指さす。「そうだな。近場だとハイン村があって、大きな牧場をやっているらしい。ホワイトブルやフラワーシープって動物の牧畜をやってて、その肉やミルクと体毛が特産品みたいだな。肉は一度食べたことがあるけど、本当に美味しかったぞ。体毛は貴族のドレスなどの材料になるらしいな」 「牧場ですか。あまり見る機会はないので、行ってみるのも良さそうですね」次に大陸の北と南にある街を指した。「このマグザとパーセルにはどちらも魔法学園があるらしい。魔法のことを調べるならこのどちらかに行ってみるのも良いかもな。魔法嫌いな人間は居なさそうだけど」 「魔法学園ですか。どんなことを教えてるのか気になりますね。私は殆ど独学でしたから」やはり魔法が好きなのだろう。その表情は生き生きしていた。 スキルがあるとはいえ、前の世界にはなかった魔法という存在を独学でここまで使いこなしている彼女はやっぱり才能があるのだろう。「急ぐたびでもないし、両方行ってみても良いかもな。俺も魔法には興味が出てきたし」 「使えるようになると良いんですけどね。なんだかすみません。。」 「いやいや謝らないでくれ。望まない人から無理に貰うつもりはないから」と、そんな話をしているところでリリアさんが一通の手紙を持ってきた。「アキツグさん、これ先ほど宿の外であなたに渡して欲しいと頼まれまして。中に居ますよって言ったんですが、急いでいるからと」 「手紙?誰からだろう?あ、ありがとうございます」 「いえい
次の日、コウタから聞いていたクロックド商店のクレル茶葉を購入してから、ロシェの案内で南の森の小屋に向かった。『あそこよ。気配はあるから家の中にいるようね』 「そうか。ありがとう」ロシェに礼を言って、扉をノックしてみる。 扉の中からは少しの間反応がなかったが、その後確認するかのように扉が開かれた。「誰だ?こんな森の中に態々知らない人間が来るなんて」出てきたのは20代くらいの青年だった。この人がタミルさんか。「初めまして。俺は商人のアキツグです」 「私はカサネです」 「タミルだ。やはりどっちも聞いたことないな。何の用だ?」タミルさんは訝しげに聞いてくる。 俺はミアから渡された封筒をタミルさんに差し出しながら答える。「ミアからの紹介で、少しお話をさせて頂きたくて伺いました」 「ミア?・・・これは!?ミアってまさかエルミア様のことか!?」俺は敢えて正式名称で呼ばないようにしたのだが、タミルさんは手紙を見るや驚いて大声で聞いてきた。そのあと自分の声に気づいて慌てて口を閉じる。「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが、そうです。ミアとはとある事件で知り合って、今は大事な友人です」 「この国の王女を友人って・・・あんた変わってるな。まぁだからこそエルミア様がこんな手紙を渡したんだろうが。分かった。とりあえず話は聞こう」そう言って、タミルさんは俺達を中へ招いてくれた。 招き入れる時、ロシェを見て少し表情を緩ませたように見えた。 そして、調理場と思われるところでポッドでお湯を沸かし始めた。「あ、これ。良ければ使ってください。」ちょうど良いタイミングだったので、俺は手土産に持ってきた茶葉を差し出した。「あぁ、悪いな。ん?これは、あの店のクレル茶葉じゃないか。良いセンスしてるな。それとも態々俺の好みでも誰かから聞いたのか?」 「えぇ、偶々知り合いから」 「へぇ。まぁ隠してるわけでもないし、別にいいけどな」先ほどより少し機嫌がよ
話を聞いている内に日も暮れてきたため、タミルさんのところへは明日向かうことにして、今晩は宿屋『夜の調べ』で休むことにした。「いらっしゃいませ。あら?あなたはアキツグさん?」 「リリアさん、お久しぶりです。2部屋開いてますか?」 「えぇ、空いてますよ。お連れさんがいらっしゃるんですね」 「はい。またお世話になります」 「カサネです。よろしくお願いします」 「ご丁寧にどうも。私はこの宿屋の亭主でリリアです。こちらこそよろしくお願いしますね」カサネさんの挨拶に丁寧に返しながら、リリアさんはちらっとこちらを見たが、特に何か言うこともなく部屋に案内された。やっぱり誤解されている?ある意味はっきり聞かれたほうが否定できて楽かもしれなかった。 部屋に荷物を置き、夕食を頂くことにした。「明日はタミルさんに会いに行くんですよね?」 「そうだな。折角ここまで来たんだし、何もせずに諦めるっていうのもな」俺もカサネさんも難しい顔をしていた。あんな話を聞いた後では無理もないだろう。 と、そこでリリアさんが壇上に上がり歌い始めた。「綺麗な歌声ですね」 「あぁ、久しぶりに聞くけどやっぱり彼女の歌声は癒されるな」先ほどまでの雰囲気が嘘のように穏やかな気持ちで彼女の歌に聞き惚れていた。 食事を終えて部屋に戻るとロシェが部屋で丸くなって休んでいた。「ロシェおかえり。今日は悪かったな」 『ただいま。というか、この状況でお帰りは私のセリフの様な気がするけど』 「ははっ。そうかもな。ただいま」 『それで、会いに行った兄妹はどうだったの?』 「あぁ、すっかり元気になっていたよ。コウタの方も働き口を見つけたみたいでな・・・」と、ロシェに今日あったことを話した。『良かったじゃない。これで一つアキツグの心配の種も減ったわけね』 「そうだな。あの様子ならあの子たちは大丈夫だろう。俺なんかよりずっとしっかりしてるしな」実際あの歳なら遊びたい盛りだろうに、親もなく二人で生活している